「うつ」の治療は病院選びから

投稿者: | 6月 13, 2019

前回のエントリーでは、

「うつ」や「パニック障害」の診断までに起こった、

身体の様々な不調について書いた。

今回はその続きで、通院するようになってから

のことについて書いてみたい。

「心の病ではないか?」という指摘を受けて、

最初に行ったのは、

そのころ住んでいた祖師ヶ谷大蔵の

自宅近くの国立病院だった。

病院内は患者も少なく、ほとんど誰にも

会わなかったような記憶がある。

医師は60歳くらいの

覇気のなさそうな男だった。

質問に合わせて症状を説明したが、

医師は「様子を見ましょう」と言って、

デパス0.5mgを処方した。

デパス0.5mgを飲んでも、

何も起こらない。

次の診察でも、その次の診察でも、

医師は「様子を見ましょう」といって、

デパス0.5mgを処方した。

このままだとこの医師は、

僕が叫び出さない限り、

永遠にデパス0.5mgを処方し続ける

ように思われた。

最初の診察から2か月程度が経って、

僕はあきらめて信濃町の慶応病院を

受診することにした。

まったく何の効果も感じられない

薬を処方し続ける医師に

見切りをつけたのである。

慶応病院を初めて訪れた時の

待合室の様子は

いまでも鮮明に覚えている。

ソファに10人ほどが座っており、

その中の一人が頭で倒立した状態で

待っていたのだ。

診察室に入ると、僕は医師に対して、

これまでの事情をできるだけ手短に、

正確に話したつもりなのだが、

医師は全く取り合ってくれなかった。

「その病院の医師は僕も知っているが、

とても優秀な先生だ」

「病院を変えたって仕方がない」

というようなことを繰り返し話し、

僕を患者として迎え入れようとは

しなかった。

仕方がないので、

今度は代々木上原の個人病院に

行ってみた。

診察票に記入し、

ロールシャッハテストを受け、

医師と面談すると、医師は即座に

「パニック障害のある鬱ですね」

と言われた。

そして、当時話題になった新型抗うつ薬

SSRIの一つである「デプロメール」、

抗精神病薬の「ドグマチール」、

抗不安薬と睡眠薬1種類ずつの

合計4種類の薬が処方された。

「デプロメール」と「ドグマチール」を

最初に飲んだ時の肉体的変化は

かなり衝撃的なものだった。

オーバーに表現すれば、

頭から火花が飛び散って、

身体に力がみなぎってくる感じ。

大声で叫び出したくなる衝動を

感じたほどだった。

「デプロメール(=ルボックス)」は、

米国の銃乱射事件の犯人が服用していたとかで

米国では2002年に販売中止になったようだが、

僕は10年ほどこれらの薬を服用して、

ようやく鬱的状態から解放された。

今回の記事の教訓は、

「良い医師とは、直してくれる医師である」

ということ。

その後の10年間のことについては、

またの機会に。

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