「表現の自由」に関する一考察

投稿者: | 9月 2, 2019

2019年8月1日から開催されている

「あいちトリエンナーレ」の中の企画展であった

「表現の不自由展・その後」が

多くの批判にあって中止となった。

この中で愛知県知事が

『展示物が適当ではないと思っていたが、

「表現の自由」という観点から

止められなかった。

公的機関が展示物を排除すると

それは「検閲」にあたる。』

という趣旨の頓珍漢な説明をしたことで、

事態はさらに混乱することとなったが、

「表現の自由」の問題は、

現在の日本を揺るがす

大きな要因ともなっているため、

私見を述べてみたい。

「表現の不自由展・その後」の問題は、

国や地方自治体が主宰・助成する展覧会で、

たとえば「天皇陛下の御真影」を燃やして、

足で踏みつける映像を展示することの

可否が問われたのであって、

もちろん「表現の自由」や「検閲」とは

何の関係もない。

小中学生が多く訪れる展覧会で、

「女性の克明なヌード映像」を

適当でないという理由で展示から外すことを

誰も「表現の自由の侵害」とも

「検閲」とも言わないだろう。

「表現物」には、それにふさわしい

展示場所があるはずなのである。

「あいちトリエンナーレ」で最も問題だったのは、

愛知県知事の常識のなさにあったと思う。

さて、ここで僕が問題にしたいのは、

マスメディアの「捏造報道」の問題である。

取材対象に虚偽情報をもたらされるなど

「間違い」は当然起こり得ることなので、

ここで問題にするのは「間違い」ではなく、

「捏造」である。

つまり「捏造報道」が「表現の自由」として

許されるのかということだ。

国際問題にもなっている

「従軍慰安婦」も「南京大虐殺」も、

発信源が朝日新聞であることは

よく知られている。

「従軍慰安婦問題」については

1983年以来、朝日新聞に書き続けてきた

16本の記事について、

2014年に記事を取り消し、社長が謝罪している。

しかしながら、その後も朝日新聞の英語版では

「日本軍に性行為を強制された人々」といった

誤解を招く表現で海外への印象操作を続けている。

こうした捏造報道が、「表現の自由」として

許されていいものだろうか。

たとえば商業広告における誇大広告などの不当表示は、

法律で禁止され、罰則もある。

では、報道機関の商品である記事の捏造は、

なぜ裁かれないのか?

安倍総理が悪夢とも呼ぶ「民主党政権」は、

マスメディアのアシストによって生まれた

と言っても過言ではないだろう。

「民主党政権」の酷さは、

我々が目にしたことだけでも相当なものだが、

マスメディアの「報道しない自由」により、

いまだに国民に隠されているものがある。

※こちらに書かれている一覧を読むと愕然とします。

https://blog.goo.ne.jp/fukudaikichi/e/45b50fe5c3fc016849808ee57d66c66f

こうしたマスメディアと反日勢力が手を組めば(組んでるけど…)

日本国家の転覆すら可能になる。

行き過ぎた「表現の自由」や「結社の自由」により

日本国家が転覆させられる危険性がある事に

日本人は早く気づき、

それに対する有効な対策を

打つべきなのである。

※なるほどと思った方は、こちらのバナーを押してやってください。

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